近年、税制適格ストックオプションに係る税制改正が繰り返されている結果として、フレキシブルな条件設計がしやすくなっています。
しかしながら、どんな条件があるのか?というのはフワッとした情報にとどまっているかと思いますので、有価証券届出書や適時開示などから具体的な記載を可能な範囲でまとめてみました。ご参考にどうぞ。
なお、実際の検討を行う際は、各専門家にご相談の上でご検討ください。
詳細のご相談がございましたら、お問い合わせフォームからご連絡ください。
権利行使期間
税制適格ストックオプションの場合、付与日から2年後~10年(一定の要件を満たす場合には15年)を権利行使期間に設定する必要があります。一方で、有償ストックオプションを発行している場合には、発行後すぐに権利行使期間とすることも可能です。
具体例(GVA Tech 第二回新株予約権)
税制適格ストックオプションの場合
付与日(=決議日):2018年6月14日
権利行使期間:2020年6月15日~2028年6月14日(付与日の2年後から~付与日の10年まで)
具体例(Heartseed 第二回新株予約権)
有償ストックオプションの場合
付与日(≠決議日):2021年9月14日
権利行使期間:自2021年9月14日 至2031年9月13日(付与日から~付与日の10年まで)
権利行使価額
税制適格ストックオプションの場合、権利行使価額(=ストックオプションを保有する者が株式を購入するために支払うべき金額)はストックオプション発行時の株式の時価以上を設定する必要があります。
発行時の時価は、2023年7月に国税庁が見解を整理した結果、税務上の純資産方式で評価した方法を時価とすることが示されています。また、優先株式を発行している場合には、優先株式の出資金は純資産から除外できることとなっています。従って、実務上は権利行使価額を1円と設定することが可能となりました。(1円ストックオプションのまとめはコチラをご参照ください。)即ち、会社として、ストックオプションの権利行使価額を1円とするか、それともその時の時価は会社の判断となりました。
従来は、①優先株式発行時における「優先株式」の「会計上」(≠税務上)の株価②優先株式発行時の「普通株式」の「会計上」(≠税務上)の株価のいずれかが採用されていることが通常であったと理解しておりますが、今後は、会計上の株価に囚われない株価を設定することも理論的には可能となります。
具体例(サイフューズ 第七~十三回新株予約権)
優先株式の株価ではなく、普通株式の株価を採用しているものと推定されるケース
直近ラウンド(SeriesC)調達株価:450,000
第七~十三回新株予約権権利行使価額:70,000
具体例(GVA Tech 第七回新株予約権)
優先株式の株価を採用しているものと推定されるケース
直近ラウンド(SeriesC)調達株価:1,033
第七回新株予約権権利行使価額:1,033
べスティング条項
べスティング(Vesting)とは、受給権であり、ここでいう受給権とは、ストックオプションの権利が確定することを指します。
例えば、起算日から4年(毎年25%)のべスティング条項があったとき、3年目で退社した場合には、75%の権利を保有できることとなります。
また、起算日は入社日なのか上場日なのか、様々な条件を設計することが可能です。
具体例(HmComm 第一回新株予約権)
上場後からのべスティングが行われるケース(上場後に権利行使ができる旨も設定されている)
新株予約権者は、当社の普通株式が日本国内の証券取引所に上場した場合に限り行使することができる。
新株予約権者は、当社の普通株式が日本国内の金融商品取引所に上場した場合に、以下の期間区分に対応して権利を行使できるものとする。
上場日から1年を経過した日の前日まで 付与された権利の50%以下
上場日から1年を経過した日以降 付与された権利の全部
新株予約権者は、当社の株式が日本国内の証券取引所に上場した場合についてのみ、上場した日より6ヶ月が経過するまでは、新株予約権を行使することができないものとする。
具体例(Visumo 第二回新株予約権)
具体的な期間が記載されているケース
本新株予約権者は、以下の各号に定める行使期間により、割当てられた新株予約権に対して以下の各号に定める割合を乗じた個数を限度として、新株予約権を行使することができる。
ア 2026年6月17日から2028年6月16日までの間 行使可能割合 30%
イ 2028年6月17日から2030年6月16日までの間 行使可能割合 60%
ウ 2030年6月17日から2032年6月16日までの間 行使可能割合 100%
具体例(Timee 第八回新株予約権)
割当日を基準とするケース
各新株予約権者は、割り当てられた本新株予約権を、次の各号に掲げる期間において、既に行使した本新株予約権を含めて当該各号に掲げる個数を限度として行使することができるものとする。
(a)割当日から3年経過した日から4年経過する日まで
割り当てられた本新株予約権の総数の3分の1個まで
(b)割当日から4年経過した日から5年経過する日まで
割り当てられた本新株予約権の総数の3分の2個まで
(c)割当日から5年経過した日以降
割り当てられた本新株予約権の総数の3分の3個
退職した際の取り扱い
従業員等が退職した場合に、割り当てを受けた権利を有効に取り扱うかどうかは条件設計によります。従来は、退職=ストックオプションの失効として取り扱うケースが多かったですが、近年は労働の対価として付与しているという考えから、退職した場合も一定の要件を設けて、権利を残すという条件設計もちらほら見受けられるようになっています。
具体例(HmComm 第一回新株予約権)
退職等が生じると権利行使が認められないケース
新株予約権の割当を受けた者は、権利行使時においても、当社または当社子会社の取締役、監査役、従業員または顧問、その他これに準ずる地位を有していなければならない。
具体例(HeartSeed 第二回新株予約権)
原則は権利行使できないが、取締役会で認めることで権利行使できる余地を残しているケース
新株予約権者が、権利行使時において当社またはその子会社の取締役、監査役、執行役員または使用人の何れかであることを要する。但し、取締役会で特に認めた場合は行使することができる。
具体例(GVA Tech 第六回新株予約権)
退職等が生じると新株予約権を会社が取得できる(必ず取得するわけではないという理解)ケース
次のいずれかに該当する事由が発生した場合、当社は未行使の本新株予約権を無償で取得することができる。
⑩ 権利者が下記いずれの身分とも喪失した場合
a 当社又は子会社(会社法第2条第3号に定める子会社を意味する。以下同じ。)の取締役又は執行役
b 当社又は子会社の使用人
c 顧問、アドバイザー、コンサルタントその他名目の如何を問わず当社又は子会社との間で委任、請負等の継続的な契約関係にある者
ストックオプションの相続が発生した場合の取り扱い
ストックオプションも資産であるため、ストックオプションを保有する者がなくなった場合は相続人(配偶者や子供等)に権利が引き継がれることが原則です。
従って、契約上での制限がない限り、ストックオプションを相続した者は管理行使することができます。
一方で、一般的には相続した場合の権利行使を制限する条項を設けている場合も多く、権利行使できないことが多いような印象を持っていますが、相続を認めるケースも存在しています。
具体例(HeartSeed 第二回新株予約権)
新株予約権者の相続人による本新株予約権の行使は認めない。
具体例(リベロ 2024年11月14日発行 業績条件付有償ストック・オプション)
新株予約権者に相続が発生した場合、新株予約権者の法定相続人(ただし、法定相続人が複数いる場合には、遺産分割または法定相続人全員の合意により新株予約権を取得すると定められた1名に限られる。)は、行使期間において、新株予約権者の保有する本新株予約権を行使することができるものとする。ただし、当該相続人は本新株予約権を相続させることはできないものとする。
業績要件
未上場会社において、業績要件が付されている案件はあまり存在していないように見受けられますが、既に上場している企業の場合には、業績要件が付された新株予約権を取締役等の役員に与えているケースは多く存在しています。
具体例(メンバーズ 2024年8月30日発行 業績連動型新株予約権)
新株予約権者は、2025 年3月期、2026 年3月期、2027 年3月期、2028 年3月期にかかる当社が提出した有価証券報告書に記載される監査済の当社連結損益計算書において、いずれかの期の営業利益が 3,000 百万円以上の場合に、各新株予約権者に割り当てられた新株予約権の個数を限度として、定められた割合の個数を達成期の有価証券報告書の提出日の翌月1日から権利行使期間の末日までに行使することができる。
具体例(リベロ 2024年11月14日発行 業績条件付有償ストック・オプション)
① 新株予約権者は、2025 年 12 月期から 2028 年 12 月期までのいずれかの事業年度において、当社の連結損益計算書に記載された営業利益が、一度でも 2,000 百万円を超過した場合に、本新株予約権を行使することができる。なお、上記における営業利益の判定に際しては、適用される会計基準の変更や当社の業績に多大な影響を及ぼす企業買収等の事象が発生し、当社の連結損益計算書に記載された実績数値で判定を行うことが適切ではないと取締役会が判断した場合には、当社は合理的な範囲内で当該企業買収等の影響を排除し、判定に使用する実績数値の調整を行うことができるものとする。また、国際財務報告基準の適用、決算期の変更等により参照すべき項目の概念に重要な変更があった場合には、別途参照すべき指標を当社取締役会にて定めるものとする。
② 上記①の条件に加えて、割当日から 2034 年 12 月3日までの当社普通株式の終値が一度でも下記(a)から(g)に記載した条件を充たした場合にのみ、付与された本新株予約権の数に条件を充たした号に掲げる割合のうち最も高い割合を乗じて算出された数を上限として本新株予約権を行使することができるものとし、新株予約権者は、本新株予約権の行使時点において、当該時点までに既に行使した分と累計して当該上限を超える数の本新株予約権を行使することはできないものとする。ただし、上記4.(1)に基づく行使価額の調整を行う場合には、下記(a)から(g)に記載する金額も、当該金額を調整前行使価額とみなして行使価額の調整と同様の方法により調整されるものとする。
(a) 2,480 円 /株 以上となった場合 :行使可能割合 20%
(b) 3,720 円 /株 以上となった場合 :行使可能割合 30%
(c) 4,960 円 /株 以上となった場合 :行使可能割合 40%
(d) 6,200 円 /株 以上となった場合 :行使可能割合 50%
(e) 7,440 円 /株 以上となった場合 :行使可能割合 60%
(f) 8,680 円 /株 以上となった場合 :行使可能割合 80%
(g) 9,920 円 /株 以上となった場合:行使可能割合 100%
③ 上記①②に加えて、新株予約権者は、割当てられた本新株予約権を、次の各号に掲げる期間において、既に行使した本新株予約権を含めて当該各号に掲げる個数を限度として行使することができるものとする。
(a) 上記4.(3)において定められた行使期間の初日を起算日として1年経過する日まで
割当てられた本新株予約権の総数の 25%に相当する個数
(b) 上記4.(3)において定められた行使期間の初日を起算日として 1 年経過した日から2年経過する日まで
割当てられた本新株予約権の総数の 50%に相当する個数
(c) 上記4.(3)において定められた行使期間の初日を起算日として2年経過した日から行使期間の満期日まで
割当てられた本新株予約権の総数の全て
株価要件
未上場の株式の場合、ダウンラウンドが生じた場合には失効する旨を定めているケースがよくあります。一方で、上場会社の場合は一定の株価を達成した場合に権利行使ができる旨を定めているケースがあります。
具体例(Heartseed 第三回新株予約権)
新株予約権の割り当てを受けた者は、本新株予約権の割当日から行使期間の満了日までにおいて次に掲げる事由のいずれかが生じた場合には、残存するすべての本新株予約権を行使することができないものとする。
① 683円を下回る価格を対価とする当社普通株式の発行等が行われたとき(ただし、払込金額が会社法第199条第3項・同第200条第2項に定める「特に有利な金額である場合」及び普通株式の株価とは異なると認められる価格である場合ならびに当該株式の発行等が株主割当てによる場合等を除く。)。
② 683円を下回る価格を行使価額とする新株予約権の発行が行われたとき(ただし、当該行使価額が当該新株予約権の発行時点における当社普通株式の株価と異なる価格に設定されて発行された場合を除く。)。
③ 本新株予約権の目的である当社普通株式が日本国内のいずれの金融商品取引所にも上場されていない場合、683円を下回る価格を対価とする売買その他の取引が行われたとき(ただし、当該取引時点における株価よりも著しく低いと認められる価格で取引が行われた場合を除く。)。
④ 本新株予約権の目的である当社普通株式が日本国内のいずれかの金融商品取引所に上場された場合、上場日以降、当該金融商品取引所における当社普通株式の普通取引の終値が683円を下回る価格となったとき。
具体例(Sansan 2024年9月17日発行 株価条件付ストック・オプション)
本新株予約権の割当を受けた者は、本新株予約権の割当日以降、権利行使期間の終了日に至るまでの間の特定の日において、東京証券取引所における当社の普通株式の普通取引の終値株価が3,987円を超過した場合には、本新株予約権を行使することができる。
M&Aが行われたときの取り扱い
M&Aが生じた際に権利行使ができるかどうか、という記述は現時点で見つけることができていません。しかしながらが、株式保管要件を満たす限り、税制適格ストックオプションとして取り扱うことができる可能性があるため、理屈上は発行可能となっています。